法人成り


2020/4/2

法人成りをした年の確定申告は大変複雑(事業所得者としての最後の申告)

個人事業者が会社を設立し、事業を会社(法人)に移すことを「法人成り」といいます。法人成りした年の確定申告では、今までしてきた確定申告とは違う処理をしなければなりませんので注意が必要です。

以下においては、7月1日に会社設立の登記をして同日から会社で活動をしている(個人としては活動していない)とします。

■事業所得と給与所得を合算して確定申告する
6月までは例年どおり(年間を通して個人事業者であった年と同じように)個人事業者としての記帳をして事業所得を計算しなければなりません。7月以降に会社からもらう役員報酬は給与所得です。確定申告ではこの事業所得と給与所得を合算しなければなりません。わが国の所得税は、1年間の「すべての所得に対して課税すること」になっているからです。

■役員報酬(役員給与)から源泉徴収した所得税
役員報酬は給与所得ですので支払いの都度源泉徴収をして、年内最後の役員報酬を支払う時には年末調整をしなければなりません。この源泉徴収をした分は確定申告で算出される税額のいわば「前払い」ですので、確定申告に当たっては差し引きすることを忘れてはいけません。

■個人事業者としての予定納税
個人事業者の場合、前年の所得税額が一定金額を超えた場合には年度の途中で2回(7月と11月)の予定納税が必要となります。この分も確定申告で算出される税額の「前払い」ですので、確定申告に当たっては差し引きすることを忘れてはいけません。法人成りした年は、法人成りした時点にもよりますが予定納税をしないことが通常です。なぜならば、予定納税は年間を通して事業所得があることを前提としているからです。そのまま予定納税すると、予定納税の段階で取られ過ぎということになってしまいます(確定申告まで精算できません)。この例ならば、2回目(11月)の予定納税は申請によりストップしておかなければなりません。

■個人事業者としての廃業届の提出
個人事業者としての廃業届(個人事業の開廃業等届出書)の提出を忘れないでください。また青色申告の取り下げもしておきましょう。

個人事業者時代の債権債務や資産の会社への引継ぎ

■個人事業者時代の債権債務
債権債務の典型は個人事業者としての最終日の売掛金と買掛金です。これは、会社に引き継ぐのではなく、個人として回収(売掛金)と支払(買掛金)をします。なぜならば、個人事業者時代に発生しているからです。

■資産の扱い
これが一番大変だと思います。資産には、在庫、機械、車両、備品などがあります。これらは、法人成り後の会社の活動に必要であることから会社が引き継ぎます。要するに、個人から会社に譲渡します。個人から会社への譲渡ですので所得税や消費税の問題が生じます。また、譲渡価格をいくらにするかという問題も生じます。税理士や税務署に相談して慎重に処理してください。

★法人成りすると個人事業者時代の税務調査がある
必ずではありませんが、区切りですので個人事業者として「最後の」税務調査が行われることが多いです。ですから、法人成りした年の確定申告は例年以上に正確にしておく必要があるのです。

法人成り後も残る個人名義の取引

法人成りをしたならば以後の取引はすべて会社名義で行わなければなりません。しかし、個人事業者の時代から続く取引の名義が法人成り後も諸般の事情から会社名義に変更できない場合があります。このような場合には「とりあえずは個人名義」で取引、つまり個人名義で注文や支払いなどをして「会社の帳簿」に記入しておくしかありません。

特に厄介なのは、個人名義の預金から自動引落しになっている支払いです。取引によっては名義変更が認められず、一定の契約期間が終了するまでは会社名義の取引に変更ができないものです(個人名義の預金から引き落とすしかない)。このような取引は次回の契約更新時には必ず会社名義に切り替えると共に会社名義の預金からの自動引落しにしなければなりません。(このような取引が多数ある場合には預金口座の動き全体を会社の帳簿に記入しておくしかありません・・・)

形式上は個人名義の取引であっても、実質的には会社の取引であるならばそれでよいかもしれません。しかし、「形式と実質は一致」させておかなければなりませんのでこのような取引は必ず解消してください。

★創業当初から会社組織を選択してください!
法人成りした場合に一番厄介なのがこの名義変更です。特に、個人での営業年数が長く取引件数が多いほど手続は複雑になります。ですから、創業時に多少なりとも会社組織を意識している場合には迷わずに会社組織を選択すべきだと思います。

法人成り後は個人事業者として利用していた預金口座は解約すべきか?

「解約しなければならない」というルールがあるわけではありません。法人成りをしたからといって、事業を行っていた個人そのものは以後も存在し続けるのですから、個人の所有物である預金口座が消滅するわけではありません。これは、預金口座に「屋号」が含まれている場合も同じです。ただし、個人事業者としての活動は終了したわけですから、残された預金口座に法人が引き継いだはずの「事業に関する」入出金があってはいけないのは当然のことです。

★解約すべきです
個人事業者としての最後の税務調査では個人事業者としての最終年度の締切り、つまり、法人に完全に事業を引き継いだかを調べられます。税務署は、いつまでも個人事業者としての預金口座が動いていると、法人成り後も個人として営業をしており、その分は無申告になっていると考えます。法人成りをしたならば、もう個人事業者としての預金口座は必要ありません。ですから、預金口座は解約すべきです。

★解約する時期
法人成り後も個人事業者としての入出金が残ってしまう場合があります。売掛金の入金、買掛金の支払い、事業者としての納税(所得税、消費税、事業税など)です。これらが済むには一定の期間が必要でしょうから、それまでは預金口座を残しておく必要があります。

「役員報酬」という考えに慣れる(経費になるが源泉徴収が必要)

法人成りをした人の中には「役員報酬」という考えに馴染めない人がいます。「役員報酬の額さえ決められない」「役員報酬から所得税の源泉徴収をするということが理解できない」という人もめずらしくはありません。法人成りするにあたっては、会社は個人事業者とはまったく違う「カルチャー」であると認識し、そのカルチャーに早く慣れる必要があります。

個人事業者と会社では次のように利益の計算方法が大きく異なり、結果として税金の計算方法も異なってきます。

◆個人事業者の利益計算
利益=売上−仕入−人件費と諸経費(人件費に経営者取り分含まず)
利益=事業所得に「所得税(確定申告が必要)」が課税されます。

◆会社の利益計算
利益=売上−仕入−人件費と諸経費(人件費に役員報酬=経営者取り分含む)
利益には「法人税」が、役員報酬には「所得税(役員報酬からの源泉徴収)」が課税されます。

違いは「経営者取り分」です。会社の場合には役員報酬として経費になりますが、役員報酬には所得税が課税されます。この役員報酬は、「一定の期間(通常は1年間)」「一定の時期に(通常は毎月)」「一定金額を定額で」支払うのでなければ経費とは認められません。個人事業者のように、「生活費が必要なときに必要なだけ」「今月は儲かったので多めに」といった方法は認められないのです。

★妥当な役員報酬の額(個人出費は会社から除外する)

役員報酬は役員の職務の正当な対価でなければなりません。法人税法の規定には役員報酬が高額であれば、高額とされる部分が損金算入できない(法人税の計算においては所得に加算される)というのがありますが、これが適用されるのはごくまれなケースです。経済情勢、同業同規模他社の役員報酬の水準などから「自信を持って!」役員報酬の額を決めていれば、まずは損金不算入にはなりません。

「自宅の家賃」
「住宅ローン」
「個人契約の生命保険料」
「その他・・・」

個人事業者の場合、事業用の預金通帳からこれらが引き出されていることもあり、事業の資金からどれだけの金額を私生活の資金に移動させたかが明確でないことがあります。それで、定期、定額である役員報酬という考えに馴染めないのです。

役員報酬を決定するに当たっては、これら私生活の出費は役員報酬として会社から引き出した中から支払うという考えを持たなければなりません。

★会社に「事業主貸」という勘定科目はありません

個人事業者の経理では事業とは無関係な支出が事業用資金から行われた場合には、事業主貸という勘定科目で処理し、必要経費に混入しないようにしておけばそれで済みました。しかし、会社の場合はこれに匹敵する勘定科目はありません。強いていうならば、仮払金と貸付金ですが、これで処理し、いつまでも返金がない場合には役員報酬として扱われ源泉徴収をしなければなりません。