発生主義
2019/8/3
帳簿への記録の多くは入出金に関するものです。しかし、入出金以外にも帳簿に記録しなければならない場合があります。そして、この入出金以外の記録が決算書の内容を大きく左右することがあります。
発生主義?
一般の人は、読み方はわかるにしても、意味が理解できる人はいないと思います。発生主義は簿記会計の基本原則です。帳簿と決算書を作成するにあたっては発生主義に対する理解を欠かすことができません。
発生主義とは、帳簿への記録を「入出金の時点以外でも」するということです。売上(収益)は販売の時点で、仕入(収益)は納品の時点で計上するといった具合です。要するに、利益(収益−費用)と収支(入金−出金)は違うということです。
発生主義会計においては、入出金以外の様々な時点で収益と費用を計上しますので、そこには様々なルールが存在します。帳簿と決算書の作成に当たってはそのルールを知り、ルールを守らなければなりません。
収益に関してはさらに実現主義が
発生主義の中においても、収益に関してはさらに実現主義というルールが求められます。実現主義とは収益の対価が確実になった時点に収益を計上するということです。実現主義も入金を待たずして収益を計上しますが、発生よりもさらに進んだ時点、収益の対価の裏付けを得てから収益を計上するという意味です。「収益は慎重に、客観的に計上する」ということです。
収益の大部分を占めるのは売上です。売上は販売の時点で計上しますが、この販売の時点は業種や業態によって様々です。売上計上時点をめぐっては過去から現在まで、様々な論争が繰り広げられてきました。また、今後も新たな商品やサービスが登場するたびに論争となります。会計における、「終わりのないテーマ」なのです。
費用収益対応の原則
発生主義における利益の計算では、費用と収益は対応していなければなりません。これは「費用収益対応の原則」と呼ばれるルールです。売上と売上原価の関係はこれにほかなりません。売上という収益(成果)を得るために、売上原価という費用(犠牲)が生じているという対応関係です。
しかし、費用と収益の対応関係を完璧に求めることはできません。給料、交際費、福利厚生費、水道光熱費、通信費、社屋の減価償却費や家賃などの費用は収益と明確な対応関係がありません。売上に対する売上原価のように、売上との直接的な対応関係、つまり比例する関係ではありません。
これらは、一定のルールを前提に費用の処理をすることで売上高との対応関係を求めます。そのひとつのルールが、売上と同じ期間の費用を計上するということです。一事業年度分の売上に対して、その一事業年度分の費用(給料や家賃など)を計上するという方法です。もうひとつのルールは、一定の仮説により費用を事業年度に配分するという方法です。有形固定資産の減価償却という設備や備品の取得代金の費用配分計算がこれです。
論者により説明が異なる(まずは結論であるルールを覚える)
発生主義についての説明は論者によって異なります。結論は同じであっても、結論に至るプロセスが異なります。このことが慣れない人を惑わします。ですから、まずは結論であるルール(具体的な処理方法)を覚えてそれを守ることです。慣れてくると、自分なりの発生主義に対する考えが備わってきます。
発生主義ならではの処理の具体例
発生主義で帳簿を作成する場合、次のような発生主義ならではの処理が必要で、それに応じた帳簿や記帳が必要となります。
◆売掛金に買掛金
売掛金とは売上代金の未回収部分のことです。発生主義においては、入金を待たずして売上を計上しますので、売掛金という勘定科目が生じ、これを管理する売掛帳を作成しなければなりません。
買掛金とは仕入代金の未払分のことです。発生主義においては、支払いを待たずして仕入を計上しますので、買掛金という勘定科目が生じ、これを管理する買掛帳を作成しなければなりません。
◆前払費用に未払費用
前払費用とは、家賃、保険料などサービスに関する料金を前払し、そのうちサービスの提供を受けていない部分をいいます。この前払費用に相当する金額は、すでに支払いをした記録とは別に、費用の一定額を減額する処理をしなければなりません。
未払費用とは、期間の経過に応じて発生する、借入金の利息、水道料金、電気料金、ガス料金、給料などで、すでに一定の期間が経過しているけれども支払期日が到来していないので支払いを済ませていない部分をいいます。未払費用は、支払いが済んでいないのですから帳簿には表われていません。そこで、未払費用が生じているならばこの処理をしなければならないのです。
◆在庫(棚卸高)
納品された商品は仕入という費用勘定に計上されますが、その金額は販売された分と未販売の分に区分しなければなりません。販売された部分のみが売上原価として費用処理され、未販売の部分は在庫(棚卸高)として繰り越さなければなりません。
◆減価償却
建物や車両などの固定資産は、長期間にわたって使用するので、減価償却という計算手続で複数の事業年度に配分して費用とします。
発生主義会計の長所
発生主義の発生という概念は大変抽象的です。しかし、次のケースを考えてみると発生主義には合理性があることを理解できると思います。
●自動車販売会社のA社は、本事業年度に100億円の契約を獲得し全て納品もしたけれども、代金の一部である20億円の回収は顧客(支払能力は十分)との約束で翌事業年度となる。なお、この事業年度中の自動車の仕入代金合計は85億円で全額支払い済である。
現金主義(入出金で収益と費用を計上するという方法)で計算すれば次のようになります。
収入(100億円−20億円)−支出85億円=マイナス5億円
発生主義で考えれば次のようになります。
収益100億円−費用85億円=利益15億円
●同じく自動車販売会社のB社は、本事業年度に80億円の契約を獲得し全て納品し代金も回収した。この事業年度中の自動車の仕入代金合計は85億円であるけれども、うち15億円は支払っていない(無理をお願いして支払いを待ってもらっている)。
現金主義(入出金で収益と費用を計上するという方法)で計算すれば次のようになります。
収入80億円−支出(85億円−15億円)=10億円
発生主義で考えれば次のようになります。
収益80億円−費用85億円=利益マイナス5億円
どちらがよい会社かは一目瞭然です。B社は支払いを延ばして窮地をしのいでいるにすぎません。
発生主義はごく自然な考えなのです。発生主義は経済の発展に伴って徐々に形成され、この先も変化していきます。会計数値には様々な利害が関係してきます(会社、経営者、株主、債権者、投資家など)。会計のルールは、利害関係を調整しながら発展していくものなのです。初めて会計を学ぶ人が理解に苦しむことや、専門家でも簡潔明瞭に説明できないのは当然のことです。
現金と預金の管理(帳簿)も大切です!
発生主義が簿記会計の基本原則であると聞くと、入出金(現金と預金の動き)はどうでもよいと思えるかもしれません。しかし、入出金も大切なのです。発生主義会計における収益と費用は、入出金の時点と異なる時点で計上するだけであって、入出金とは一切無関係に計上するわけではありません。収益と費用の計上に前後して、その収益と費用に関連した入出金取引が必ず行われます。
貸借対照表と関連する取引
発生主義においては、収益や費用に関連して「独特の」貸借対照表関連の項目(勘定科目)が生じます。
売上(収益)→売掛金(資産)
仕入(費用)→買掛金(負債)
設備の購入(費用)→固定資産(資産)→減価償却(費用)
年度末在庫(仕入という費用の減額=棚卸高)→商品(資産)
家賃の先払い(費用)→前払費用(資産)
帳簿の処理に当たっては、損益計算(収益−費用)の背後で貸借対照表(資産、負債、資本)の項目(勘定科目)がどのようにして動いているかを常に意識しておかなければなりません。
仕訳の大切さ
発生主義においては仕訳という処理を欠かすことができません。現金主義の場合には、全ての収益と費用は現金の増減と関連していますが、発生主義の場合には様々な資産や負債と関連しています。これを記録するには、収益と費用を両面から捕らえる必要があります。その方法が仕訳にほかなりません。
複式簿記や会計理論を学ぶべきか?
会計事務所に依頼しない場合は必ず学ばなければなりません。
「どのレベルまで?」という質問をよく受けますが、それはわかりません。というのは、簿記の試験では、初学者にはやさしい出題がされますが、実務では一切の手加減がないからです。事業を開始して、いきなり超難問に遭遇することもありえます。
決算書というのは、特定の、たったひとつの処理を誤ったがために、正しい結果と大幅に乖離することもあります。これが簿記や会計の恐ろしさです。このリスクを背負わなければならないのです。しかし、このリスクの大きさは予測できません。