簡易課税は本当に簡単か?
安易な簡易課税の選択は怪我のもとです!!
1 簡易課税とは
課税事業者が税務署に納税する消費税の金額は、課税期間に「受け取った消費税の合計金額」から「支払った消費税の合計金額」を差し引いた金額となります。(詳細は、「消費税の試算」をご覧ください。)しかし、この原則的な計算は相当な事務手数を要することから、小規模な事業者については、比較的計算が容易な受け取った消費税についてのみ実額による計算を要求し、支払った消費税については「みなし計算」によることを認めています。(簡易課税を選択することができるのは、基準期間における課税売上高が5000万円以下の事業者です。)
(1)みなし仕入率
簡易課税においては、課税期間において受け取った消費税の総額に定められた一定率、すなわち「みなし仕入率」を乗じることにより支払った消費税を計算します。みなし仕入率は、次のとおり業種ごとに定められています。
●第1種事業(卸売業)は90%
●第2種事業(小売業)は80%
●第3種事業(製造業)は70%
●第4種事業(第1・2・3・5種以外の業種。飲食業、金融保険業など)は60%
●第5種事業(サービス業)は50%
上記の業種によって、みなし仕入率が異なることの理論的根拠(概略的な正しさ)には納得できます。サービス業(第5種)は労働集約的であることから消費税の課税対象となる支出が少ない(給与は課税対象外です)、製造業(第3種)は設備が多い(サービス業ほど労働集約的ではない)、小売業(第2種)と卸売業(第1種)は多品種を仕入れて薄利で多数の相手に販売していることが通常だからです。
(2)計算例
卸売業(第1種)で年間売上高が2100万円(税込)とします。
受け取った消費税は、2100万円÷105×5=100万円です。支払った消費税はみなし仕入率が90%ですので、100万円×90%=90万円となります。そして、納税する消費税は100万円−90万円=10万円です。
【ご注意】
みなし「仕入」率とありますが、「仕入」には商品代金だけでなく諸経費も含まれます。つまり、みなし仕入率は、ある業種について売上に対しての「消費税が課税される支出の割合」ということです。(2)の計算例では、受け取った消費税にみなし仕入率を乗じましたが(消費税法における計算方法)、売上高にみなし仕入率を乗じて仕入(諸経費含む)を計算し、それを105で割り5を乗じても結果は同じになります。
2 簡易課税の落とし穴
上記のとおり、簡易課税の計算は大変簡単です。ほとんどの事業者は自身の売上高は正確に把握していることから、受け取った消費税までは確実に計算できます。複雑な支払った消費税の計算について、みなし計算を認めてくれるのは大変ありがたいことです。しかし、簡単だからといって簡易課税を選択した場合に、思いもよらぬ落とし穴に出くわすことがあります。
(1)みなし仕入率の非現実性
みなし仕入率は上記1の5区分に応じて決められているにしか過ぎません。しかし、同じ小売店(第2種)であっても実際の原価率はまちまちです。そんなことから、みなし仕入率>実際の原価率であるならば簡易課税が有利となりますが(支払った消費税を実際よりも多く差し引ける)、みなし仕入率<実際の原価率であるならば簡易課税が不利となります。
(2)事業区分の誤り
上記1の5区分のどれに該当するかについて、素人では間違ってしまうことがあります。例を挙げれば次のとおりです。
●卸売業や小売業が仕入商品に加工をする場合
仕入商品の性質や形状を変更しないならば製造業とはなりません。例えば、ネームや商標の貼付けや表示、単純な組み立て(家具や電化製品など)、箱詰めなどがこれに該当します。
●工場を持たない製造業
いわゆる100%外注です。表面的には、卸売業か小売業のように思えますが、自らの計画において材料を購入し、外注先に製造の指令をしている場合には製造業に該当します。
●自社製品を小売する場合
あくまでも製造業となります。
(3)複数の事業を営んでいる場合のみなし仕入れ率・その1(事業ごとの売上高が「区分できている」場合)
原則として「平均的なみなし仕入率」を適用します。「事業ごとの受け取った消費税×そのみなし仕入率を乗じで算出した金額の全事業分の合計」÷「事業ごとに受け取った消費税の全事業についての合計」で除した数値をみなし仕入率とします。(申告書の上では平均的なみなし仕入率を用いますが、実際には業種ごとに計算した受け取った消費税の額にそれぞれのみなし仕入率を乗じて計算したものを合計した場合と同じ結果になります。)
2つの事業を営んでいる場合には、全売上高に対して占める割合が75%以上の事業についてのみなし仕入率を適用することができます。
3つ(A、B、Cとします)以上の事業を営んでいる場合にはそのうちの2つ(AとBとします)が75%以上であれば、そのうち低いほうのみなし仕入率を残る事業(つまりC)にも適用することができます。
(4)複数の事業を営んでいる場合のみなし仕入れ率・その2(事業ごとの売上高が「区分できていない」場合)
営んでいる事業のうち最も低いみなし仕入率を適用します。例えば、卸売業(90%)と小売業(80%)の場合には80%となります。
【ご注意】
●ここで複数の事業を営んでいるとは、同一の事業者(会社や個人)が営んでいるということです。
●どの業種に属するかは、定款記載の目的や社名ではなく、あくまでも実態によります。例えば、定款の目的に電気部品の製造とあり、社名も「○○電気製作所」となっていても、実際には電気部品の「設計のみ」を行っている場合には第3種(製造業)ではなく第5種(サービス業)となります。この点について、税務署は税務調査の際に入念にチェックしますので、くれぐれもご用心ください。(税務調査によらなくとも、決算書などから容易に判定できます。)
●簡易課税を選択するには届けが必要です(下記3参照)。その際、事業内容と第○種であるかを届出の用紙に記入しなければなりませんが、これも上記と同じ理由からその事業者の事業区分を決定するものではありません。
●事業ごとの売上区分は、「帳簿(試算表の勘定科目)において行う」「請求書や納品書において行いこれを集計する」のいずれかによって行います。
3 簡易課税をするための届け
適用を受けようとする課税期間の開始の前日までに届けなければなりません。例えば、4月1日から翌年3月31日までが事業年度の会社(いわゆる3月決算)の場合には、3月31日までに届ければ、その年の4月1日から開始される事業年度から簡易課税を適用できます。簡易課税を選択することの有利不利は、その課税期間が終了しなければ判りませんが、あくまでも事前選択しなければならないということです。また、ひとたび簡易課税を選択すれば2課税期間は選択しなければなりません。ここが辛いところです。
「簡易課税は簡単!!」とばかりいっていられないことを、ご理解いただけたかと思います。確かに、簡易課税は納税義務者の事務手数を軽減してくれますが、一方においては、納税義務者が納める消費税を「強引に」計算してしまう手段であるともいえます。「御社は課税事業者であるのに、消費税の申告書を提出していませんね。御社は簡易課税を選択されています。決算書からして、納めていただく消費税は○○円です。後日通知させていただきます」といった具合に、税務署に「機械的処理」をされてしまうことも十分予想できます。簡易課税は税務署の事務作業も省力化します(?)。
【簡易課税の届けが生きていた!】
簡易課税を選択する届けをしていても、基準期間の課税売上高が5000万円を超えていれば簡易課税は適用できません。しかし、簡易課税が適用できなくても簡易課税の届け自体は有効なままです。つまり、課税売上高が5000万円前後で推移している場合には、原則課税になる課税期間と簡易課税になる課税期間が交互に来ることもあるということです。これは大変厄介なことです。「もう、簡易課税は適用しない!」という場合には簡易課税の選択をやめる届けしておく必要があります。