帳簿と決算書


2019/8/3

「自社の業績や財産を把握し、それを経営に活かしたい」という「経営者の想い!」、これが帳簿のスタートです。「複式簿記や会計を学ぶ」「会計ソフトを購入する」「会計事務所に依頼する」は、その次の問題です。

会社に必要な帳簿(帳簿を作成する目的は決算)

会社を設立したばかりの人から、「どのような帳簿を作成すればよいのですか?」という質問をよく受けます。

帳簿を作成するに当たっては、帳簿を作成する目的を認識しなければなりません。帳簿を作成する目的は「決算」です。決算とは「業績」や「財産」を株主と債権者に報告することです。決算のための報告書類を「決算書」といいます。帳簿は決算書の諸数値を計算するために作成します。帳簿は決算書の作成プロセス(作成根拠)なのです。

◆業績(損益計算書)

業績とは売上や利益のことです。業績は次のような数式で表されます。

売上−仕入(売上原価)−経費=利益

これを表すものが決算書の「損益計算書」です。業績は比較的理解しやすく、これを計算するための帳簿もイメージしやすいと思います。帳簿で、各項目(売上、仕入、経費)を集計するという作業をすればよいのです。

◆財産(貸借対照表)

業績と並んで大切なのが財産の報告です。財産とは預貯金、商品(在庫)、有価証券、設備、不動産などです。さらに、決算書では「マイナスの財産」である借入金も報告します。預貯金、商品(在庫)、有価証券、設備、不動産などの財産があったとしても、借入金があれば財産から差し引いて計算しなければなりません。

この財産の状態を表すものが貸借対照表ですが、これを一朝一夕に理解することはできません。ましてや、帳簿から貸借対照表が作成されるプロセスなどそう簡単には理解できません。

決算書は会社経営の羅針盤(決算書の諸数値は会社経営のために算出する)

決算書は、「会社法」という法律で株主と債権者のために作成しなければならないことが定められています。株主にとっては配当金の財源、債権者にとっては返済(支払)能力を決算書から確かめなければならないからです。

しかし、決算書は義務的に作成するのではなく、会社経営のために自主的に作成すべきものです。決算書には会社経営に関する諸数値が凝縮されており、決算書を見れば会社の問題点や進むべき方向が見えてきます。決算書は会社経営のための羅針盤なのです。自主的に算出しなければならない諸数値を、株主や債権者のための決算書の諸数値に転用していると考えるのが正しいのです。

まずは損益計算書関係の帳簿から(複式簿記、仕訳、勘定科目は後回し)

◆帳簿作成のスタートは売上の帳簿から!

今まで帳簿を作成したことがない人が、一から帳簿を作成するのは大変なことです。簿記の教科書どおり、会計ソフトの画面に従ってでは雲をつかむようなものです。ほとんどの人が挫折をしてしまいます。簿記の教科書も会計ソフトも取引(現金預金の出入りが中心)を基本としています。個々の取引と決算書の関係など、素人では到底理解できません。

帳簿が初めての人に最初に作成してほしいのは売上の帳簿です。「販売(売上)なくして事業なし」といわれるように、売上は事業の根源です。売上は、「収益−費用」という利益計算のスタートです。売上が収益の大部分を占めますので、売上の計算なくして利益の計算はできません。

◆売上の帳簿にすべての売上を記録する

小売店の場合には、営業時間終了後にその日の売上合計を、「令和元年5月10日、・・・・円」といった具合に記録します。この積み重ねです。なお、月単位で合計を集計しておくと年度合計の計算がしやすくなります。

得意先が事業者である卸売業などでは、販売と同時に代金を受け取るのではなく、請求書を発行してから集金をします。このような場合には、請求書を発行した日に、請求書の金額を売上として記録します。「令和元年5月10日、A商事○○円、B産業△△円」といった具合です。これを積み重ねます。請求額から値引かれた場合には、値引かれた日に値引かれた金額を記録します。

◆事業の成果を数字で把握したい

このようにして売上を集計していくと、もっと事業の数字を把握したくなるものです。

「売上は増えてきたけれども、儲かっているのだろうか?」

こうなれば、次は仕入(売上原価)を把握しなければなりません。「売上−売上原価(仕入)=売上総利益(粗利)」という計算です。売上が増えていても、一定の利益を得た上での売上でなければなりません。

「社員の給料、それから家賃、交通費、通信費、事務用品代・・・、漏れなく把握しなければ・・・」、

必ずこのようになってきます。これが帳簿のスタートです!

帳簿は少しずつ進化する

ほとんどの会社は最初から完璧な帳簿を作成しているのではなく、試行錯誤を繰り返しながら「自らのスタイル」を確立します。「必要に迫られ」「必要を感じ」帳簿を作成したけれども、あとから「問題が生じ」それを「改善し」、この繰り返しです。

大切なのは事業に関する数字を把握する必要性を感じるようになることです。必要性を感じれば帳簿の精度がアップします。帳簿の種類も増え内容も充実します。そして、気がつけば、簿記の教科書や会計ソフトの操作画面の意味が理解できるようになっています。帳簿に関する法律(会社法や税法)も理解できるようになります。

会社設立から半年後の帳簿(立ち止まることは許されない!)

最初から完璧な帳簿を作成することはそう簡単ではありません。しかし、決算(業績と財産の把握)は必ず1年ごとにしなければなりませんので、会社を設立したならば、何らかの形で帳簿を作成しなければなりません。立ち止まることは許されないのです。

最初の事業年度が1年間であるとして、会社設立から半年後には次のような状態でなければ初年度の決算は相当苦戦することが予想されます。

○売上と仕入は漏れなく集計している
○主要な経費(人件費、家賃、水道光熱費、通信費など)は項目別に把握している
○預金口座の個々の入出金(通帳の1行)の内容を把握している

ここまでできていれば会計ソフトの入力もできます。また、会計事務所(税理士)にも依頼ができます。

この状態から初年度の決算を終了させれば、「帳簿の原型」は完成です。以後の年度で改良を続ければ、2〜3年もすれば「帳簿は何とかなる!」という状態に達します。

現金と預金の動きを把握することが帳簿の基本(漏れと重複の防止)

「自己流」で帳簿の作成をしばらく続けていると、次のような疑問が湧いてくると思います。

「漏れや重複はないのだろうか?」

売上の集計は請求記録から、仕入は請求書、経費は領収書やレシートといった具合に、「個々ばらばらに」集計していると漏れや重複というミスを避けることができません。このミスを避けるには、現金(硬貨と紙幣)と預金(銀行預金)の出入りを基に集計しなければなりません。現金と預金の個々の出入りという「事実は一度」しかありません。また、現金と預金の残高という事実も揺るぎません。だから、現金と預金からの集計は確かなのです。

売上、仕入、経費とも、必ず現金や預金の動きを伴います。ですから、現金と預金の動きを把握することが帳簿の基本なのです。簿記の教科書でも「出納帳」として現金と預金の動きを記録することを長々と説明しています。会計ソフトのメインの入力画面は出納帳形式です。それは、現金と預金の動きが帳簿の基本であるからです。

会計ソフト

会計ソフト(財務会計ソフト)は帳簿作成には必須の道具です。会計事務所に依頼しない場合には、必ず会計ソフトを購入してください。実用上問題のない会計ソフトでしたら数万円で購入できます。年間の保守料金も数万円です。この程度の出費は惜しんではいけません。

今時、「手書き」はありえません。

会計ソフトがあれば会計事務所に依頼する必要はない?

この件については、その人の「立場」と「経験」によって意見が分かれます。

会計ソフトメーカーは「簡単」「誰でもできる」という姿勢を絶対に崩しません。しかし、この説明は会計ソフトの操作方法にのみに着目した説明です。多くの人はこの会計ソフトメーカーの説明を信じます。昨今では、パソコンで多くのことが解決できるので、「会計ソフトで・・・」と考えるのが当然です。

簿記会計を専門とする人(公認会計士・税理士)は、複式簿記や税務の知識のない人が会計ソフトで作った総勘定元帳や試算表は「間違いだらけ」だといいます。しかし、その間違いが税務署や金融機関に指摘されず、何事もなかったように歳月が過ぎる場合もあります。そのような経験をした人は、「やっぱり、会計ソフトがあればできるんだ!」と考えます。一方、間違いを指摘された人は、「会計ソフトメーカーにだまされた・・・」と考えます。

答えは、そう簡単には出ません。答えを出してくれるのは「時間」ですが、時間が経ってからでは手遅れになる場合もあります。

AIの普及

この先、AI(人工知能)はあらゆる分野で普及します。帳簿作成も例外ではありません。すでに、預金データやスキャンした領収書を会計ソフトに取り込んで自動的に帳簿を作成するという機能が存在します。

しかし、どんなにAIが進化したとしても、AI搭載の会計ソフトを購入すれば、「以後は決算や税務申告のことは一切しなくてもよい」とまではいかないと思います。AIは堅実な判断をするでしょうから、リスキーなユーザーに対しては自らの責任が回避されるような処理をするに違いありません。要するにAIはユーザーのわがままは聞いてくれないということです。AIに任せきりにしていると、自身の希望とは程遠い結果となります。

クラウド

クラウドのメリットは、プログラムの自動更新とデータの保管場所が一定するということです。決算や税務に関する諸法規は頻繁に改正されますのでソフトの更新を怠れません。経理データは膨大な分量となりますので、破壊や紛失には細心の注意を払わなければならず、保管場所は一定しており安全な場所でなければなりません。クラウドはこの二つの条件を満たしています。

ペーパーレス

これも時代の流れですが、デジタルデータの整理や保存にはデジタルならではの難しさがあります。とにかく、パソコンに保存しておけばという安易な考えではいけません。また、電子帳簿保存法(税法)の要件を満たさなければなりませんので、この点にも注意が必要です。

過去(決算が終了した事業年度)の帳簿は訂正できない

「(帳簿を)とりあえず作成しておいて、間違いが見つかれば後から訂正すればよい」と考えている人がいます。しかし、帳簿は決算が終われば訂正することができません。決算が終了(確定)すれば、帳簿は決算に関する記録として確定しますので、たとえ間違いがあっても訂正することはできないのです。間違っている場合は、「間違ったという記録」になるのです。

今は零細企業でも(事業拡大や廃業ことを考慮する)

今は零細企業で、社長が全ての帳簿を作成している場合であっても、将来事業を拡大したとき、誰かに権限を委譲して帳簿の作成を任さなければならないこともあります。ですから、それに備えて業務の引継ぎが可能な状態にしておかなければなりません。また、縁起の悪い話で申し訳ありませんが、会社の代表者が死亡した場合、帳簿がなければ残された人が大変です。

たとえ零細企業でも、誰にでも理解できるような、明瞭で正確な帳簿を作成しなければならないのです。