相続税の概略(3/4)
相続税の計算(財産の評価方法)
9 相続税の計算方法
わが国の相続税の仕組みは案外複雑です。「何に対して課税されるのか?」と「誰に対して課税されるのか?」が理解しにくいです。しかし、相続税の書物には相続税の計算方法について図を示して詳細に解説していますので、この部分を熟読すれば必ず理解できます。
相続税を課税するにあたっての考え方には、「遺産税」といって人が死亡した場合にその人の生存中に蓄積した富(遺産)の一部を社会に還元する(清算する)という考え方と、「遺産取得税」といって人が相続によって取得した財産(無償の財産の取得)に課税するという考え方があります。わが国の相続税は基本的には遺産取得税の考え方によっていますが、「相続税の総額」(各相続人に課税される相続税の合計額)が民法所定の相続人の数に応じて決まり、それを各相続人が実際に取得した価額に応じて配分する方法によっていることから、純粋な遺産取得税に修正を加えているといえます。つまり、実際の各相続人の取得がどうであれ全相続人の相続税の総額は変わらないことから(まずは遺産に課税しそれを各相続人に配分している)、遺産税の考え方も取り入れていると考えることができます。
(1)各人ごとに取得した財産の価額=「課税価格」を計算する
各相続人と受遺者が相続または遺贈によって取得した財産の価額(相続財産+相続によって取得したとみなされる財産−非課税財産−債務・葬式費用+加算される贈与財産)を計算します。なお、各相続人や受遺者によって相続税の課税価格に含める金額は異なってきます(上記8相続税を納めなければならない場合をご参照ください)。
(2)(1)を合計した金額=「遺産総額」を計算する
(3)(2)から遺産に係る基礎控除を差し引く(課税される遺産総額を計算する)
遺産に係る基礎控除は5000万円+1000万円×法定相続人の数として計算します。
【注】平成27年1月1日以後の相続からは「3000万円+600万円×法定相続人の数」として計算します。
(4)(3)を相続人が「民法に規定する相続分に従って取得した」と「仮定」して、それぞれの取得する金額を計算する
(5)(4)で計算したそれぞれの金額にそれぞれの税率を乗じる(民法の規定どおりに相続した場合の各人の相続税額を計算する)
(6)(5)を合計して相続税の総額(すべての人の納税額の合計)を計算する
(7)「遺産総額」(上記(2))に対して各相続人と受遺者が「実際」に取得した財産の相続税の課税価格(上記(1))に対する割合を計算する
(8)(6)に(7)を乗じて各人が納税しなければならない税額を計算する
(9)配偶者に対する税額の軽減額を計算する
被相続人の配偶者については、取得した財産が「控除限度額」(法定相続分相当額あるいは1億6千万円のいずれか多い金額)以下のときは課税されません。また、実際に取得した財産が控除限度額を超える場合には、次の金額を控除した金額が配偶者の納税しなければならない税額となります。
相続税の総額×(控除限度額÷課税価格の合計額)
この特例を受けるためには、たとえ特例適用後の税額がゼロであっても申告書を提出しておく必要があります。(申告期限までに遺産が分割できていない場合には手続が複雑となります。)
(10)各種税額控除額を計算する(未成年者控除、障害者控除など)
【相続税の税率】(4)の金額に応じて次のとおりです。
●1000万円以下(税率10%、控除額ゼロ)
●3000万円以下(税率15%、控除額50万円)
●5000万円以下(税率20%、控除額200万円)
●1億円以下(税率30%、控除額700万円)
●3億円以下(税率40%、控除額1700万円)
●3億円超(税率50%控除額4700万円)
平成27年1月1日以後の相続からは、上記の税率40%より上の部分は次のとおりとなります。
●2億円以下(税率40%、控除額1700万円)
●3億円以下(税率45%、控除額2700万円)
●6億円以下(税率50%、控除額4200万円)
●6億円超(税率55%、控除額7200万円)
【計算例】相続人は妻、長男、長女とします。
(1)課税価格
妻1億8000万円、長男9000万円、長女3000万円(債務や葬式費用は差引き済み)
(2)総遺産額
3億円(妻1億8000万円+長男9000万円+長女3000万円)
(3)遺産に係る基礎控除を差し引く【注】平成27年1月1日以降の相続からは「3000万円+600万円×法定相続人の数」として計算します。
3億円−8000万円(5000万円+1000万円×3人)=2億2000万円
(4)(3)の法定相続分による各人の金額
妻1億1000万円(1/2)、長男5500万円(1/2×1/2)、長女5500万円(1/2×1/2)
(5)(4)に税率を乗じる
妻1億1000万円×40%−1700万円=2700万円
長男5500万円×30%−700万円=950万円
長女5500万円×30%−700万円=950万円
(6)(5)を合計する
4600万円
(7)(1)の(2)に対する割合を計算する
妻0.6(1億8000万円÷3億円)、長男0.3(9000万円÷3億円)、長女0.1(3000万円÷3億円)
(8)各人が納税する税額を計算する
妻2760万円(4600万円×0.6)、長男1380万円(4600万円×0.3)、長女460万円(4600万円×0.1)
(9)配偶者に対する税額の軽減額を計算する
4600万円(相続税の総額)×1億6000万円(控除限度額、1億6000万円>法定相続分1億5000万円)÷3億(課税価格の合計額)=2453万円(妻の納税額は2760万円−2453万円=307万円)
(10)各種税額控除額を計算する
説明省略
《小規模宅地等の特例(課税価格の減額)》
被相続人等(被相続人または被相続人と生計を一にしていた被相続人の親族)の事業用および居住用の宅地等(土地の上に存する権利を含む)については、以下の特例により一定限度面積まで課税価格を減額できます。なお、この特例を適用するには原則として申告期限までに宅地等が分割されている必要があります。この特例が設けられているのは、円滑な事業の承継、相続人の同一地での居住の継続のためであることはいうまでもありません。
(イ)特定事業用宅地等・・・80%減額(面積400uが限度)
被相続人等の事業(貸付事業を除く)の用に供されていた宅地等で、その宅地等で事業を継続することなどを要件に減額が認められます。
(ロ)特定同族会社事業用宅地等・・・80%減額(面積400uが限度)
一定の法人の事業(貸付事業を除く)の用に供されていた宅地等で、その法人の役員であることなどを要件に減額が認められます。
(ハ)貸付事業用宅地等・・・50%減額(面積200uが限度)
被相続人等の貸付事業の用に供されていた宅地等で、貸付事業の継続などを要件に減額が認められます。
(ニ)特定居住用宅地等・・・80%減額(面積240uが限度)
被相続人等の居住の用に供されていた宅地等で、取得者の態様(配偶者、同居など)により異なる要件を満たすことにより減額が認められます。
複数の宅地等について特例の適用を受けることができますが、その場合は合計しての面積が次のとおり計算して400u以下である必要があります。
特定事業用等宅地等{(イ)+(ロ)}+特定居住用宅地等(ニ)×5/3+(ハ)×2≦400u
小規模宅地等の特例は相続税の計算プロセスの中でもかなり複雑な部分(様々なケースがある)のひとつですが、適用の有無によって課税価格、当然のこととして相続税額が大幅に変動してきます。慎重に対応する必要があります。
「うちは相続人が3人(妻+子2人)なので、8000万円までは相続税が課税されない」は多くの人が知ることです。しかし、小規模宅地等の特例については意外に無知であることが実情です。なお、この特例の適用を受けるには、結果的に相続税額がゼロであっても申告書を提出しなければなりません。
《小規模宅地等の特例対象宅地等の面積拡大(平成27年1月1日以後の相続から)》
特定居住用宅地等は330uまで減額が認められるようになりました(従来は240uまで)。また、特定居住用宅地等、特定事業用宅地等、特定同族会社事業用宅地等について特例の適用を受ける場合には、限度面積合計が730uまで拡大されました(従来は400u)。
10 相続税が課税される財産の評価方法
これが相続税の一番難しい(苦労する)ところです。「売り買いしていない」、「売り買いすることさえできない」財産に値段をつけなければならないからです。
相続税は相続財産に課税されることから、相続財産を評価することが税額計算において極めて重要であるのはいうまでもないことです。この点について相続税法は、財産の価額はその「取得の時における時価」としています。ここでの時価というのは、客観的な交換価値のことであり、不特定多数の独立当事者間の自由な取引において通常成立すると認められる価額を意味します。
しかし、相続税法には、地上権、永小作権、定期金に関する権利、生命保険契約に関する権利などごく一部の財産について評価方法の定めがあるのみで、大部分の財産(土地、家屋、有価証券など)の評価方法については、具体的な定めはありません。
したがって、相続税の申告に当たっては各納税者が財産についての時価を算出する必要があります。しかし、相続財産は、購入した資産と異なり対価を支払わないで取得していますので時価を求めることは困難です。また、財産の中には取引自体がされていないものもあり、このことが時価の算定をより一層困難としています。
そこで、国税庁では、「財産評価基本通達」により財産評価についての基本的事項を定め、国税庁(含む各国税局・税務署)の内部的な扱いの統一や納税者の便宜を図っています。なお、この財産評価基本通達は広く一般に公表されております。
(財産評価基本通達による評価方法の概略)
(1)宅地
路線価方式または固定資産税評価額倍率方式によります(地域によって定められている)。
(2)借地権
その目的となっている宅地の自用地としての価額に借地権割合を乗じて評価します。
(3)農地および山林
原則として固定資産税評価額倍率方式によります。
(4)家屋
固定資産税評価額に1.0倍を乗じて評価します。
(5)構築物
再建築価額から経年減価の額を控除した価額の70%相当額で評価します。
(6)果樹および立竹木
種類ごとに定められた標準価額等を基として評価します。
(7)動産
1個または1組ごとの調達価額によって評価します。
(8)上場株式
一定時点(課税時期の最終価格)あるいは一定期間の平均価格により評価します。
(9)取引所の相場のない株式
同族株主が取得した株式については、原則として会社の規模に応じて、純資産価額方式や類似業種比準価額方式または両者の併用方式により算出した額により評価します。
(10)取引所の相場のない株式(相続株主以外の株主が取得した場合)
原則として配当還元方式により評価します。
(11)合名会社、合資会社、有限会社の出資
(9)(10)に準じて評価します。
(12)利付公社債
証券取引所に上場されているものはその最終価格と経過利息の合計額、それ以外のものは発行価額と経過利息の合計額により評価します。
《財産評価基本通達は唯一絶対の評価方法か?》
財産評価基本通達は「通達」であるということから、納税者を拘束するものではありません(通達は法律ではなく行政組織内部でのルールにすぎません)。また、財産評価基本通達は納税者間の公平の維持、納税者と税務行政の便宜のなどの観点から想定される財産(種類、形態、状況など)についての評価方法を画一的に定めていることから、財産評価基本通達による評価が不合理な場合には他の合理的な方法によることができます。
《路線価》
評価する宅地に面する路線に付された標準価額のことで、標準的な形状の宅地の単位当たり価額が同一であると認められる街路ごとに付された、1平方メートル当たりの価額です。なお、評価する宅地の奥行、間口、道路との関係、形状などに応じて所定の調整(路線価の加算と減算)を行います。各地区の路線価は、国税局(ホームページ)、税務署で閲覧することができます。(路線価は毎年1月1日を基準に算出され、同じ年度の相続については同一の路線価が用いられます。)
《固定資産税評価額》
市町村が課税する固定資産税の基となる評価額です。相続財産の評価で用いられるのは、固定資産税の税額を算出するための基礎となった課税標準額(小規模住宅用地などは固定資産税評価額から所定の減額を行っている)ではなく、固定資産課税台帳に登録された本来の評価額によります。(固定資産税評価額は3年に一度見直されます。)
《路線価の客観性?》
●路線価より評価額が低くなる場合
路線価はその年の1月1日の価額であることから相続時点の評価額がそれよりも下落している場合には、路線価よりも低く評価することができます。
●路線価より評価額が高くなる場合
相続開始時に売買契約が成立している場合(所有権は移転していない)は、その売買価額で評価するのが合理的であることから(実際の売買価額が路線価よりも客観的な時価である)路線価での評価を上回る場合があります。
《生前に借金して不動産を購入しておけば相続税の節税になる?》
目安として路線価は実際の市場価額の8割程度で算出されています。5000万円の土地を全額借金で購入すれば、土地の評価額は4000万円(5000万円×約80%)、借金5000万円のうち4000万円は相続財産から差し引きし、さらに残る4000万円―5000万円=−1000万円は他の財産から差し引けるので相続税の節税になるということです。しかし、昨今では路線価よりも実際の売買価額が低い場合もあります。
《非公開企業の株価対策》
非公開企業の株式(取引所の相場のない株式)は、会社の規模、業種、保有資産の内容によってその評価額が著しく異なることがあります。そこで、株式の評価額を極力低くするために対策を講じることがあります(有利な評価方法になるように会社の規模、業種、保有資産の内容を変えてしまう)。
《相続破産》
相続財産が思いもよらぬ評価額となり、特にそのほとんどに換金性がない(非公開株式など)、あるいは都合上換金できない(居住・事業用の不動産など)場合には、相続税の納税をするために借金をしなければならない、あるいは居住用や事業用の不動産を手放さなければならない場合もあります。特にバブル期においてはこのような現象が目立ちました(ずいぶん昔の話です)。