推計値による申告
「真面目に記帳(帳簿付け)なんかしていたら」
会社の場合は当然として、個人でも事業所得者などの場合には、利益や所得を計算するために帳簿を作成しなければなりません。この帳簿付けの作業つまり記帳は大変です。とくに事業の規模がそこそこで入出金の件数が多い場合には一朝一夕には行えませんし、さらには専門的な知識が必要となる場合もあります。そんなことから、つい記帳がおろそかになり不正確な帳簿に基づいて申告をしてしまう納税者がいます。
また、納税者によっては「正確な帳簿を残すと税務署に対して所得を明らかにすることになるので損だ!」と考える人もいます。しかし、これはとんでもない誤解です。なぜならば、税の世界においては「税の計算プロセスを明らかにしていない=記帳をしていない」こと自体がペナルティとなるからです。帳簿がずさんな場合の税務調査は大変です。税務署は鬼のような顔をして対応します。そして、正確な記帳をするまで、何度でも税務調査を繰り返します。
税務署は申告書を受け付ける際に帳簿や領収書を一切確認しません。そんなことから、記帳はせずに推計値で申告をする納税者がいます。また、推計値に不自然さがなければ税務調査は行われません。推計値による申告を一生続け、税務調査を一度も受けていない人がいるのも事実です。
1 よく納税者が用いる推計値の算出方法(特に個人の場合)
(1)収入
預金口座に入金があった分、現金入金で相手先が「真面目な」ところのみ集計する。
(2)売上原価
上記(1)に業界の一般的原価率を適用する。
(3)経費
「毎月の電話代はおおよそ2万円なので年額で24万円、ガソリン代は3万円なので・・・」「取引先と飲み食いはしないけど、よそも交際費を差し引いているので・・・」「きれいな数字(100,000円など)だと怪しまれるので、適当に端数をつけておこう・・・」。
(4)所得((1)−(2)−(3))と財産の変動状況とのチェック
「毎月の生活費は30万円で足りるだろう(所得は30万円×12ヶ月=360万円でいいだろう)。もう少し経費を引いておくか・・・」。
《税務署の着眼点》
(1)について
ありとあらゆる手段で収入の漏れを確認します(得意先への反面調査、家族名義預金の増減など)。
(2)について
販売商品の内容さえ判明すれば、その仕入先から原価を割り出すことは容易です。
(3)について
「支払先を教えてください。こちらで調べますので」と迫ってきます。
(4)について
納税者本人のみならず、その家族や近親者の財産の増減から厳格に推計してきます。
税務署は推計値による申告の「異常性」を容易に察知します。結局、推計値による申告をしても税務調査がないのは、「かなり真面目に(?)推計値を算出している」「極めて悪質ですべての足跡をもみ消している」「偶然、税務調査がない」のいずれかということです。
2 税務署に推計値で申告させられた!!(結局、帳簿なんて不要なんだ!!)
帳簿がまったくない、納税者が帳簿を提示しない、帳簿が極めて不正確な場合には、税務署は「苦肉の策」として推計値による申告を促します。その際、税務署と納税者のやりとりは次のようになります。
●税務署「帳簿がありませんので、税務署の統計(注1)、貴方の財産や暮らし振りからして・・・」
○納税者「そんなに儲かっていない。私は昨年、多額の広告宣伝費を使ったのでもっと苦しい!」
●税務署「しかし、それを確認する資料がありませんので・・・」
○納税者「税務署は、納税者の痛みがわからないのか!?」
●税務署「痛みを知るには帳簿などが必要です・・・」
○納税者「何が何でも、修正申告しないぞ!」
●税務署「ならば、更正(注2)させていただきます。ご不満な場合は異議申立てをしてください。・・・しかし、それには帳簿が必要です」
○納税者「・・・」
(注1)この統計は「税務調査による修正後」の数値によっておりますが(調査官はそう告げるはずです)、一切公表はされていません。なお、これは税務署が公表している各種の統計数値とは異なります。つまり、納税者からは見えない数値であるということです。税務署のこの統計を覆す、つまり各納税者の個別事情を申告数値に反映するには帳簿が必要なのです。
(注2)「更正」とは、納税者が一向に修正申告(当初申告税額を増加させるための自主的申告)に応じない場合に、税務署長が「強制的」に税額を増額することです。なお、所得があるのに無申告の場合には「決定」を行います(更正と同じく強制的に税額を決定します)。
納税者の自主性が問われる申告納税制度において、税務署は推計値による申告を絶滅させなければなりません。なお、推計値により申告していることがばれた場合には、必ずといってよいほど数年後に再び税務調査が行われます(考えを改めるまで、永遠に調査が繰り返されます)。
■無理無駄のない記帳方法を早期に確立する
事業を始めた限り、もう記帳からは逃れることはできません。記帳義務を覆すことはできないのです。要するに、わが国では記帳義務を果たすつもりのない者は事業をしてはいけないということです。
この記帳義務を果たすことは容易ではありません。記帳方法は業種、業態、規模などによって千差万別です。作成しなければならない帳簿の種類を理解し、自身に最適な記帳の方法を確立することが必要です。それには会計事務所(公認会計士、税理士)という専門業者に依頼することが賢明です。会計事務所に依頼すれば、無理無駄のない帳簿体系を確立してくれます。自身で試行錯誤するのは時間の無駄です。
■個人事業は記帳が簡単?
ある意味で正しいかもしれません。なぜならば個人事業者の場合、貸借対照表の作成が義務付けられていないからです(白色申告の場合)。しかし、法律は個人事業者を「法人事業者(会社)の簡略版」と位置付けしているわけではありません。また、個人事業者に「粗雑さ」を許しているわけでもありません。法人、個人のいずれでも、税額を正確に算出しその計算プロセスを残しておかなければならないことは同じです。
■財務会計ソフト
いまやパソコンを持っていない人などごく少数です。また、財務会計ソフトも数万円で販売されています。そんなことから、多くの事業者が会計事務所への依頼はせずに財務会計ソフトを購入し使用しています。
財務会計ソフトの導入に当たって気をつけなければならないのは、財務会計ソフトは、会計知識(いわゆる複式簿記の仕訳、勘定科目、借方・貸方などの原理原則)や基礎資料(領収書や預金通帳など)の不足の全てを補うものではないということです。財務会計ソフトの入力自体は極めて簡単です。そして、入力さえしていれば何らかの結果は出来上がります。しかし、それが正しいかどうかは別なのです。
また、昨今の厳しい経営環境から、経理コスト(会計事務所報酬、事務員給与など)の削減のみを目的として財務会計ソフトを導入することが増えています。それはそれでよいのですが、問題は、担当者の解雇や配置転換によって「導入後の運用(入力、試算表の検討など)が不正確となっている」、場合によっては「運用が一切ストップしている」ケースが後を絶たないということです。このような状況になってから、財務会計ソフトメーカーのサポートや会計事務所に泣きついてもどうにもなりません。財務会計ソフトの導入に当たっては、十分この点を認識しておく必要があります。
■申告していない場合の税務調査(税務署主導による申告は避けるべき)
申告している場合の最終決着は、提出した申告書の特定の部分について税務署から誤りの指摘があり、それについて納税者が認めた場合にはその部分を修正申告し不足する税額を納税するというものになります。一方、無申告の場合の税務調査の最終決着は、税務署が申告の必要性を促し、納税者が事後的に申告書を提出するというものです。
修正申告の場合には当初の申告で納税者の意思が織り込まれているでしょうが、無申告の場合には税務署主導で(税務署が入手した情報に基づき)申告がなされる傾向にあることから納税者の意思は軽視されがちになります。例えば、本来は認められる「必要経費」「所得控除」を考慮せずに申告をしてしまうというケースです。税務署は無申告である納税者の全ての情報を知っているわけではありません。無申告を指摘されても決してうろたえることなく、「自分で計算してみますので、しばらく待ってください!」という姿勢が必要です。
★無申告は不利です!
無申告の場合には本税以外に、「本税全額」に対して一定率の延滞税と無申告加算税が課税されます。修正申告の場合には、「修正で追加となる税額」に対して一定率の延滞税と過少申告加算税(無申告加算税よりも低率)が課税されます。また、無申告の場合には期限後申告ですので、期限内でしか認められない特典が認められないのは当然です。
■現金(預金)を持っていると課税される?
現金や預金「そのもの」には課税されることはありません。つまり、一定時点に持っている現金と預金の合計額に税率に乗じて課税するというような税金はありません(ただし預金利息には課税されます)。課税されるのは現金(含む預金、以下同じ)を手に入れた原因やプロセスです。
★所得税
所得には現金の受け入れが伴います。ただし、所得=一定時点に持っている現金であることはまれです。
★贈与税と相続税
一見、現金そのものに課税されるように思えますが、課税されるのは財産の贈与を受けた(贈与税)、相続により財産をもらった(相続税)からです。また、贈与税や相続税には各種の控除(手に入れた財産から差し引ける額)がありますので、課税されない場合もあります。
★借金をした
現金を持っていても課税されない場合の典型です。ただし、いわゆる借金の棒引き(返済免除)をしてもらった場合には贈与税や所得税などの課税が生じます。
【現金は隠すべし!】
このように考える人がいるようですが大変愚かな考えです。なぜならば、税務署は現金が動いたプロセスをあらゆる手段で情報収集しており、現金を見つけるのは「答え合わせ」に過ぎないからです。「現金をどこに隠しているか」、税務署はお見通しです。また、税務署は現金を探すためだったらどこへでも突入します。もっとも、現金を隠す場所は人間が出入りできる場所ですのでそんなに大変なことではないでしょう。