試算表(その仕組み)8/8
築山公認会計士事務所
≪追加説明≫
1 複式簿記の利点と限界
(1)利点
(イ)損益計算と財産計算が同時に行える(損益計算書と貸借対照表の同時作成)
経済事象がフロー(損益)とストック(財産)に分類される以上、企業活動もその両面から把握しなければなりません。
(ロ)取引の網羅性を確保できる結果、信憑性のある計算ができる
もし、特定の預金取引、たとえば電話代の預金口座からの自動引き落としの仕訳が漏れていたらどうでしょうか。通信費勘定を眺めただけでは発見できないでしょうが、預金勘定と預金通帳の残高を照合すればその差額から仕訳漏れの存在を発見でき、預金勘定の総勘定元帳と預金通帳を個々に照合していくことにより仕訳漏れとなっている取引を発見できます。
(ハ)一般的で秩序のある記録方法であること
後日の記録の閲覧や検証が容易であるために、企業の内部活用に適するばかりでなく、外部者の検証(公認会計士監査や税務調査)において証拠力のある記録として尊重されます。
(2)限界
(イ)仕訳そのものの誤り
多くの仕訳誤りは慎重に作業すれば防止できます。しかし、不可避的な仕訳誤りも生じ、仕訳誤りのまま最終結果(貸借対照表と損益計算書)が作成されてしまうことがあります。
(ロ)取引の歪曲
仕訳の基となる取引(経済事象)を歪曲した場合の仕訳誤り(というよりも記録の改ざん)の発見は、容易でないこともあります。例えば、出金の内容を立証する請求書や領収書を偽造した場合には、複式簿記の記録のみで発見することは容易でありません。
(ハ)簿外事象の存在
複式簿記においての取引に含まれない重大な事象を、把握することができません。
(例)他社への保証、リース債務、資産の担保提供などがこれに該当します。なお、公開企業の場合はこれらを決算書の欄外に注書きとして必ず公表しなければなりません。(中小零細企業の場合にも金融機関からはこれらについて執拗に質問されます。)
2 財務会計ソフトのプロセス
複式簿記のプロセスは次のとおりに要約されます。
(1)経済事象の発生と解読
(2)仕訳((1)の描写)
(3)総勘定元帳への転記
(4)試算表の作成
(5)貸借対照表と損益計算書の作成
(6)試算表の検証(注)
(注)特定勘定科目を複式簿記外の諸資料と照合や比較することにより行います。(例)現金勘定と現金の実際残高、預金残高と通帳残高との照合など。
財務会計ソフトは、(3)〜(5)のプロセスを行います。その正確性とスピードが人間の能力と比較にならないことはいうまでもありません。しかし、(1)の把握が不十分であれば(2)が不正確(漏れと誤り)となり、以後のプロセスの信頼性が低下します。やはり、財務会計ソフトで作成される総勘定元帳や試算表の正確性、つまり貸借対照表と損益計算書の正確性(信頼性)を確保するには、複式簿記の知識と人間による検証作業が必要不可欠ということです。
3 複式簿記の方法は法定されているのか
会社法第432条第1項に、「株式会社は、法務省令で定めるところにより、適時に、正確な会計帳簿を作成しなければならない。」とあります。さらに、会社法第431条では、「株式会社の会計は、一般に公正妥当と認められる企業会計の慣行に従うものとする。」とあります。
会社が、過去と現在の経営状況を把握する、あるいは今後の経営の意思を決定するためには、合理的な計数を自主的に把握することが必要であることはいうまでもありません。
一方、会社には多数の利害関係者(株主や債権者など)が取り巻いています。会社法は、これら利害関係者の「利害調整」のため、会社の記帳や決算報告に関して様々な規定を設けています。しかし、膨大な作業と検討を要する記帳や決算作業のすべてを法律で定める事は不可能であるため、これを「公正な慣行」に委ねているのです。
会社法に複式簿記についての詳細な定めがあるわけではありません。しかし、会社法の立法趣旨を満たすには現状の複式簿記が最も適した方法であるため、複式簿記が一般的な方法として採用されています。
4 複式簿記と会計理論(会計学)
前述のとおり複式簿記一巡の流れは次のとおりに要約されます。
(1)経済事象の発生と解読
(2)仕訳((1)の描写)
(3)総勘定元帳への転記
(4)試算表の作成
(5)貸借対照表と損益計算書の作成
(6)試算表の検証
複式簿記の解説書や講義では(1)と(2)の関連を詳細には検討せず、特定の経済事象を無批判に特定の仕訳に変換していきます。そして、(3)以下の転記と集計方法についての技術論に終始しています。一方、会計理論(会計学)は特定の経済事象に対してのあるべき仕訳の方法、有用な貸借対照表と損益計算書の表示方法、決算書の分析、企業会計の情報としての開示の範囲や機能とその立法論まで対象が及びます。
複式簿記が完成された技術であるのに対して、会計理論(会計学)は今後も変化発展していく性質を有していると理解することができます。市場価格が会計数値に及ぼす影響、グループ経営、経済のグローバル化、企業会計の担保としての監査制度など会計学のテーマは拡大の一途です。
5 単式簿記
簿記(帳簿記入)といえば複式簿記のことです。単式簿記とは、取引の一面のみに着目する大変不正確な記帳方法です。収益や費用の発生のみを記帳の対象として損益計算書(収支報告)だけを帳簿から誘導し、財産計算は実地棚卸(財産のカウント)により行います。
6 企業会計と税務会計
企業会計(外部報告)と税務会計(法人税の計算)が、あたかも別物のように認識されていることがあります。この認識は一面において正しいといえます。なぜならば、前者が会社の経営成績や財政状態を報告するのに対して、後者が課税の公平性や政策的配慮に基づいて会社の税額を算出することを目的としているからです。
しかし、これを帳簿作成という側面でとらえれば、両者は複式簿記という共通の技術に立脚しているととらえることができます。会社は、複式簿記に基づき決算書を作成しなければなりません(企業会計)。さらに、会社はこの決算書に基づき(いわゆる確定決算主義)納税額を算出しなければなりません(税務会計)。なお、納税額算出において要請される独自の計算は税務申告書の中で行われます。
7 会計制度
わが国の企業会計制度には、会社法(すべての会社)と金融商品取引法(株式公開企業)があります。前者は会社債権者と株主の利害調整(配当可能利益と確保すべき会社財産)を主目的とするのに対して、後者は投資家への有用な情報提供を目的とします。両者とも複式簿記という共通の記帳技術に立脚していることは、上記「6企業会計と税務会計」同様です。
8 連結決算
複式簿記は、法的には独立した個々の企業を対象に一巡の手続を行い最終的には決算書を作成します。しかし、大半の企業(特に上場企業)は法的には独立した複数の企業からなるグループを形成しており、そのグループがあたかもひとつの企業体であるかのように活動しています。連結決算は金融商品取引法適用会社が企業グループ単位で行う決算です。企業グループは、親会社を頂点とした資本関係(他の会社への出資)に基づき形成されていますので、連結決算は親会社の決算書に個々のクループ企業の決算書を合算することにより行う必要があります。
9 中小零細企業の会計
会社法の規定が適用されるのは当然です。しかし、公正な会計慣行の多くが大企業向けに発達しているために、同族株主や近親者取引の比率が多いことから発生する中小零細企業独自の経済事象に対しての会計慣行は、いまだ未整備であるのが実情です。
10 試算表と管理資料の関係
企業には様々な計数データが存在します。営業日報、作業日報、請求管理台帳、原価台帳など、仕訳の基礎データとしての十分な要件を備えていることもめずらしくありません。これらの管理資料に機能を付加することで、仕訳作業が大幅に効率化することもあります。ただし、企業の自由な意思で作成する管理資料に対して、試算表には法的な要請が伴います。管理資料と試算表の連動に当たっては、公認会計士などの専門家への相談が欠かすことができません。
11 補助勘定と補助元帳
一般に補助勘定とは勘定科目を細分化したものです。普通預金でいえばこれを銀行別・支店別に細分化したもの、売掛金でいえば得意先別に細分化したものです。補助元帳とはこれらの増減記録であり、補助元帳の合計金額が総勘定元帳の金額となります。補助元帳は上記10の管理資料と共用できることも多くあります。公認会計士などの専門家に相談して、管理体制の向上と試算表作業の効率化を図ってください。