試算表(その仕組み)6/8
築山公認会計士事務所
≪試算表と資金繰り≫
1 試算表から資金繰りを把握する
複式簿記では収益と費用を発生主義に基づきとらえるため、損益計算書と収支(一定期間の現金と預金合計の増加減少の差し引き)が一致しません。これが複式簿記に無知な人が複式簿記に不信感を抱く原因となっています。しかし、試算表から網羅的かつ正確な収支を把握することは可能です。発生主義による損益計算書を現金主義(入出金で収益と費用を把握する)に「変換」すればよいのです。
【損益計算書】
売上高 800
売上原価 −600
販売費・一般管理費 −150
当期利益 50
【貸借対照表】
|
期首 |
期末 |
増減 |
|
期首 |
期末 |
増減 |
現金・預金 |
300 |
290 |
-10 |
買掛金 |
200 |
180 |
-20 |
売掛金 |
200 |
240 |
40 |
資本金 |
400 |
400 |
- |
商品 |
100 |
100 |
- |
当期利益 |
|
50 |
50 |
合計 |
600 |
630 |
30 |
合計 |
600 |
630 |
30 |
貸借対照表の左右の増減欄に次の関係が成り立ちます。
現金預金の増減+売掛金の増減=買掛金の増減+当期利益
これを展開すれば次のとおりです。
現金預金の増減=当期利益−売掛金の増減+買掛金の増減(−10=50−40+(−20))
これを発生主義から現金主義への変換という観点から説明します(当期利益への加減算で収支を導きます)。
売掛金は発生主義ゆえに入金もないのに収益に計上したのですから、当期利益から差し引かなければなりません。ただし、期首の売掛金は入金したと考え(未入金の場合は期末に含まれます)売掛金の期末残高から期首残高を差し引いた増減をマイナスします。買掛金も発生主義ゆえに出金もないのに費用に計上したのですから、当期利益に加算しなければなりません。増減を加算するのは売掛金と同様の考えです。
上記の算式から次のとおり展開できます。
当期利益=現金預金の増減+売掛金の増減−買掛金の増減(50=−10+40−(−20))
なお、当期利益=(損益計算書)売上高−売上原価−販売費・一般管理費ですから次の展開ができます。
売上高−売掛金の増減−売上原価+買掛金の増減−販売費・一般管理費=現金預金の増減(収支)
以上の結果から損益計算書を次のように現金主義に変換できます。
売上収入 760(売上高−売掛金増減)
売上原価支出 −620(売上原価+買掛金増減)
販売費・一般管理費支出 −150
当期収支 −10(現金預金の増減)
多くの財務会計ソフトに「資金繰り表」作成機能がついていますが、これは以上の原理により計算しています。なお、最近はキャッシュフロー計算書が話題になっていますが、これは従来からの貸借対照表や損益計算書では直接把握することはできない企業のキャッシュ(現金預金とそれと同等な即時に換金できる有価証券など)の状況を示す決算書の一部分です。
2 損益(試算表)と収支(資金繰り表)では用途が異なる
経営基盤の弱い中小零細企業経営者の多くは、目先の資金繰り(支払いのための資金を確保すること)に躍起になっています。そんなことから、企業の継続性(そう簡単に企業は倒産しないこと)を前提とした試算表(決算書)には無関心であることが通常です。
しかし、試算表(決算書)と資金繰り表は「それぞれの目的」があり、さらには「相互に補完しあう関係」にあることを忘れてはなりません。
(1)試算表(決算書)の目的
試算表(決算書)では一定期間における「費用と収益の対応関係」を求めます。売上原価は売上高に対応する部分に限定され、諸費用は支払いの有無にかかわらず「その負担額」を計上します(いわゆる未払いや前払い)。つまり、企業の「正確な収益力(費用対成果)」を把握することが試算表(決算書)の目的であるということです。
しかし、入金もないのに収益となること、出金もないのに費用となることは、将来どころか目先もまったくの保障がない中小零細企業にとっては現実味に欠けることは事実です。「先月の試算表にある売掛金は当分入金されそうにない。買掛金は払わずに済ませたい(なんとか値引いてみせる)」が日常茶飯事なことからすれば、「企業の継続性」などという悠長なことはいってられません。
(2)資金繰り表の目的
費用と収益の対応関係を求める試算表(決算書)に対して、資金繰り表は単なる一定期間の入金と出金の差し引き計算にしか過ぎません。
3 資金繰りの予測には「過去の正確な試算表」が必要不可欠
企業が継続してゆくには将来において資金ショートしないことが必要で、そのためには将来の資金繰りを正確に予想し事前に資金ショートしないための対策を立てておく必要があります。
資金繰りの重要な要素として、「将来の販売代金の入金」、「仕入代金と諸経費の支払」があげられます。これらを把握するには、過去の資金繰り表ではなく、費用と収益の対応関係(販売量と仕入の関係)と網羅性(全取引が含まれている)が確保されている「過去の正確な試算表(試算表の作成プロセスである伝票や総勘定元帳も含みます)」が必要であることはいうまでもありません。
今後どの程度の入金が見込めるかは、試算表の月ごとの売上高の推移、さらには総勘定元帳などから得意先ごとの販売実績を把握することにより行えます。販売代金の入金が見込めたならば、今度はそれに対する仕入代金を見込まなければなりませんが、それは過去の試算表から判明する原価率(仕入高÷売上高)を参考にします。諸経費(人件費や家賃など)は、数多くある費用勘定科目を参考にします。
4 借入金と資金繰り
中小零細企業経営者が、試算表(決算書)に不信感を抱いている大きな原因は「借入金」の存在です。
金融機関などからの借入金で資金調達したときは、次のとおりの仕訳となります。
現金(あるいは預金)/借入金
この仕訳は、利益には影響しません。
借入金を返済したときの仕訳は、次のとおりです。
借入金/現金(あるいは預金)
この仕訳も、利益には影響しません。
多くの中小零細企業は、毎月の60回(5年)均等返済という条件で金融機関から資金調達しています。この「毎月の返済負担(重圧)」が利益の計算には関係しないことから(利息の支払いしか利益に影響しません)、中小零細企業経営者は「試算表(決算書)なんて」と考えてしまうのです。しかし、返済資金は利益の中から捻出する必要があります。自社がどれだけ稼げるか(収益力があるか)に注意を払っておくことは当然でのことです。やはり、試算表はおろそかにできません。
《借換え》
多くの中小零細企業は借入金の返済資金を、借換えによって捻出しているのが実情です。借入金の返済は利益の中から(収支の余裕分で)行うことが理想ですが、これがなかなか難しく返済するために新たな借入れをしているのです。つまり、常時一定金額の借入金があるということです。なお、金融機関が借換えに応じてくれなくなれば、返済する一方となり資金繰りが苦しくなるのは当然のことです。
《役員借入金》
金融機関が借換えに応じてくれなくなると、経営者の個人財産を提供するしかありません。いわゆる「役員借入金」です。この役員借入金が余りにも多くなると、経営者は「『会社』の試算表」など見る気もなくなります。「正確な経理のためには『公私の区分』が必要」といっても、しらけて聞こえてしまいます。